めんどっちいやつだなぁ

神社ってなんなの?なんで全国にあるの?

沙耶デスこんにちは。
大和がようやく改造レベルに到達しましたヒャッハー!

何この消費。


めんどくさいやつだなぁ。
神社、ってのはあくまで形式的なフォーマットなんだよ。そのフォーマットにある程度統一されたのはすこし後の話だ。

なんで全国に同一フォーマットの神の社があるのか、って質問なら伊勢神道の話や大和朝廷の話も当然絡んでくる。
まあ同一じゃねーんだけどな。こまけーこといったらめんどくさいし。

そーじゃなくて、なんで全国規模で同一の信仰形態が存在するのか、って問いならば、それはNOだ。
神社における信仰の根源がどれも同じ、だなんてその思考そのものがだいぶズレている。

神社にはいくつかの発生パターンがあるが、基本はアニミズムからの自然崇拝が元になる。
ようするに、天候だとか山だとか岩だとか、人のちからではなんともならんものを昔の人は畏れた。

天候のごきげんを伺い、山での狩りや実りの成果を願い、田畑では嵐や水害、干魃による不作がないことを望んだ。当たり前のことだ。この程度が想像できないわけでもあるまい。

そして生まれたのが神の概念だ。アニミズムの基本発生源は常にそこだ。

それらの神が荒ぶれば嵐が起こり、機嫌を損ねれば干魃となり、ごきげんが良ければ豊作と山や海の幸の豊漁をもたらすと考えた。そして、それらの悪いことが起これば怒りを沈め、なだめるために神に捧げものをし、どうかお怒りを沈めて下さいと祈り、豊作となればその感謝と翌年の豊作をお願いした。

これは農耕が全国的に広まるまでもなく、狩猟で生計を立てていた時期からでもその痕跡はある。

もちろん、その時の形態は決して神社、というフォーマットではないが、それが神社の根源となる。

はるか昔の共同体はとても小さなエリアの小さなものだ。国家という大きなレベルではなく、村単位、時には数軒や数十軒といった小さな小さな集落単位で物事が動く。

そして、そのほぼすべての集落、村が神への感謝と畏敬を抱く。これは原始宗教では至極普通の出来事で、むしろその畏敬を抱かない思想に行く古代民族のほうが珍しい。
どんな世界どんな場所どんな人々でも、最も古い根源に行くとアニミズムに類する信仰がある。


神道がある種非常に珍しいのは、これだけ近代化した世界において、もっとも原始的宗教であるアニミズムの影響をこれだけ色濃く残したまま現代に継承して要る点だ。
未だに狩猟民族やってる連中がアニミズムなのは何らおかしなことではないが。

なので、神社の原型となる”神の座”は全国に満遍無く、偏在した。
まして、アニミズムであるから、ひとつの集落、一つの村の持つ神はひとつではなかった。

海の神、山の神、田の神、畑の神、道の神、空の神、太陽の神、月や星の神。いくつもの神を次々と祭り、それぞれの神のごきげんを伺い、よしなに取り計らわれるよう、それらの神を大切に敬った。

さて、じゃあその時代の神、とはどういうものだったのか。
山ならば山そのもの。海ならば海そのもの。あるいは奇岩などがあれば、それは神がいるからそんな不思議な岩なのだと認知した。田や畑の神はもちろん田畑の傍らに居ると考えたし、道の神ならば当然路傍にその姿を思い描いた。
空や太陽、月の神なら空にいたのだろう。

神を敬い、神との対話、あるいは願いの場であった神域、を設定するのは自然な流れだろう。誰しもがバラバラに道の神はここにいる、と思い描いてバラバラに祈って済むのはそれが個人だけで成立している共同体の場合だけで、ある程度集団となる共同体の場合、その生活には助け合い、というものがある。つまり近所づきあいに類するもの。

ならば、信仰の座、場所、もの、も合わせたほうがお互いに”やりやすい”。

来年の豊作を願うとして、A家は~~山を祈り、B家は別のものを祈り、で神様がお願いを聞き届けてくれるだろうか。

そうして生まれるのが神域だ。田畑の神ならばそのどこかに神域を設定する。
神はここにおわし下さい、見守りくださいと。
山の神ならばその山の入り口に。海の神ならば海を広く望む高台に。
空の神ならばより空に近い場所に。そんな感じに、様々な場所を区切り、神の座、神が暮らす場所、神が”在る”場所を作り、人の生活圏と区分した。
そこは聖域であり、妄りに立ち入るべきではなく、神との対話の場として設けた。

洋の東西を問わず、それは別段珍しくもなんともない。
西洋なら神殿と呼ばれただろうしね。

これが神社の原型。そして、やがて氏族の神も生まれる。一族の英雄、あるいは偉大な功績を残したものも、神となったのだと。
これを氏族の神として祀る。古くの共同体はその共同体のほぼ全員が氏族であり、氏族としての塊で生活をしていたのだから、その神も共同体の神となる。

こうして成り立つのが氏子、の概念だ。

初期宗教なんてどこでも生活形態が似通っていれば似通ってくる。
文化の伝播とともに、神域構造物について、中央などからのちょっとイカしたデザインとか、形式とかが伝わってくるとともに、それを真似したりして構造物が形成され、次第に私達の知る神社の形に近いもの、が出来上がってくる。

フォーマットの統一、というのはある意味では度会神道の流行と、国家神道の成立くらいの割と新しい話じゃないかと思う。
現時点でも建造様式などでは非常に独自性の高いフォーマットも残っているため、完全に統一されたわけでもなし、独自性の高い神社は決して少なくない。

そういう意味で、神社は全国津々浦々いっくらでもあるが、それらは決してどれも同じ、ではない。
まあ、この人が聞いてるのが、なんで全国に白山神社とか伏見稲荷とか八幡社とか同じ名前の神社がいっぱいあるんですか、っていう意味の質問だったらまた別の話になるけどねぇ。

天皇と神社の関係ってのは割と逆なんだよね。土着の神域を神道フォーマットに取り込むことで、あなたが今まで信じてたものも私達の信じてる神様と同じなのです、だから仲間ですよね。って感じの取り込み。
その上で実は私達のトップは神様の血をひいておいででして。みたいなね。

このあたりは一神教の伝播とはちょっと毛色が変わります。まあそれでも宗教対立にはなりますし、どっちの神が上か下かみたいなとこは有ります。出雲の神々の廃嫡なんてその最たる例ですし。

その時に別にこの集落には隣の集落の神社がもうあるからこの神域は廃してしまいましょう。みたいなことはあんましやってないっぽい。アニミズムなんで別に神域がどんだけあろうが、どんな神をそこで信じてようがわりとどうとでもなっちゃうからですね。

さて、今日はこのくらいに。神仏習合とかも調べると面白いですよ。
アニミズム特有の神を人様に写す自由な考えはある種とてもおもしろいですw
神道、において神と人との間に明確な境界はないのです。
人も神であり、神もまた人であり。神域を区分して神の座を分かつとしても、神もまた人様にあるもの。煩悩にまみれ、解脱を望み、悟りを求めるのです。

それが、神仏習合への流れの一端。なんていい加減なwwwww

まあニートで引きこもりやってて裸踊りが見たくなってピーピング田代やらかして逮捕されたのが大神とかいう世界ですからぶっちゃけなんでも有りでしょw

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