激動の1943(前半)

世界が核の力に引き寄せられ始めている頃。

その強大な生産力を元にジャイアニズムと呼ばれる新たな資本主義形態を模索する国家があった。

後に世界規模での地球国家の形成の牽引力となる、このずーずーしいまでの俺様主義が形成される過程を、見ていこうではないか。


1943年

1月11日、トリプルワン文書に従い、アメリカ合衆国は日本に対し宣戦布告。これにより、連合各国も連動して日本帝国に宣戦布告。すでに枢軸の中心たるドイツがいない以上、日本帝国の立ち位置は非常に微妙と言わざるを得ない。

ただ、連合は日本ごときとの戦争のためにわざわざ極東組んだりまで来ていただくのは非常に石油の無駄遣いである。
ルーズベルトはちょっと(約2秒)思考する。

「どうせ後でやるなら今始めても同じだろ」

それがどういう思考回路を通過したらそうなったのかはよくわからない。ただ、結論として出たものは実にあっけらかんとしたものだった。後に、「今できることはいまやろう」という標語になり、諸般の学生を叱咤しているらしいが、当時のルーズベルトが決してそのような前向きな方向で出した結論だとは到底思えないのは時代のせいだろうか。

「ソビエト連邦に宣戦布告する」

驚いたのはソ連である。スターリンは頭を抱え、「あのアホは何考えとるんじゃああああああ!」と側近に八つ当たりしたというからアレである。八つ当たりで20人くらいのメイドさんが粛清と称したエロいお仕置きを受けたと聞くが、真偽は鉄のカーテンの向こうである。うらやましい。

本来なら、いかに共産vs資本主義の構図とは言え、共通の敵であるファシズムとの戦争が始まったところである。敵の敵は味方というごくごく当たり前の構図を描いていたソビエトに対し、ルーズベルトのとった政策はまさに「俺以外みんな敵」という、たった一つのシンプルな答えだった。
JOJO立ちをしながらホワイトハウスで「お前は俺を怒らせたッ!」とか言っていたらしいが、その姿を激写したフィルムは現在も極秘文書扱いであり公開は1993年を待たねばならない。

米英連合艦隊はすでに各地に展開を終えており、宣戦布告と同時に台湾・サイパンを包囲する。
日本は決死の真珠湾奇襲を行うものの、パールハーバーはもぬけの殻であり、すごすごと帰還するハメに。しかし、ルーズベルトはこの奇襲をメディアを通じてコントロールし、あたかも大被害をこうむったかのように報道させる。
りめんばーぱーるはーばー運動である。後の調査では、パールハーバーの被害は自動車3台だったという話だが、一旦燃え上がった国民の怒りは一気にボルテージを上げる。

本当に、たった一つのシンプルな答えだった。

一方でアメリカのソビエト連邦に対する宣戦布告に連動し、連合各国もソビエトに宣戦。ポーランド地方中部(現フランス領)を境にソビエト主力陸軍との大規模なぶつかり合いが始まる。
すでに国名が地方呼ばわりなのもどうかとは思うが、フランス領ドイツ地方とかポーランド地方とかしか言いようがない。だって全部フランスなんだもん。

電撃的に台湾に上陸を果たしたアメリカ軍はそのままの勢いで沖縄近海、サイパン近海にて日本帝国主力海軍艦隊を全滅させる。
英米の旗艦艦長はそのときを振り返ってこう言っている。
「私は、数の暴力、というものを見た」
40~50艦隊近い大艦隊を組む日本帝国艦隊を、100艦隊以上の連合艦隊が波状攻撃をかける。疲労したら次の100艦隊が襲い掛かる。どんな海上決戦か。挙句、敗走する日本帝国艦隊を追っかけまわし、石油をひとしきり無駄遣いすると、海上からは五十六率いる艦隊(日本近海を守っていてとばっちりを逃れた)以外は海中に沈む。
100艦隊以上を有していた日本海軍は数ヶ月でその数と20前後まで減らされるハメになったのである。
「あれは、戦争ではなかった。いうなれば、アリの巣にフマキラーを吹っかけたようなものだ」

さくっと海軍を駆逐すると、艦砲射撃の援護の中沖縄に上陸。エスカルゴ作戦が始動する。
奄美、福岡への揚陸が計画され、果敢にこれを阻止するのは五十六率いる日本帝国最後の海軍艦隊である。
うわ、なんかカッコいいじゃない。ぶっちゃけ、コイツが一番手間取った。なんせ何回戦っても沈まない。が、さくっと逃げてはジャマをしに戻ってきては逃げる。非常にうっとおしい。

腐っても五十六。船に乗せとけばこんなに多い日も安心♪

しかし、五十六が福岡近郊で上陸阻止を決死でがんばってる裏っかわでシースルーエスカルゴが始動。サイパン、硫黄島、小笠原を陥落させると輸送艦隊がこっそりひっそり広島まで夜の闇にまぎれては侵入。呉の軍港を強襲、日本軍の海軍生産拠点を押さえる。
上陸した陸軍は一気に福岡、大阪、四国を制圧し、五十六の退路を絶つと、さしもの艦隊も次々と轟沈、敗走となる。

日本本土が北海道を除き制圧されると、余剰戦力は釜山に上陸。半島を一気に制圧する。ハルビンまで侵攻し、満州を切り取ろうと思った矢先に日本帝国、無条件降伏。
開戦からわずか半年後の出来事である。

なぜか天皇が隠居して元首に野坂が付いた。
資本主義国家に見えないのは気のせいだろうか。

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