あーかいつーきあかいつきー

月が赤い、というのは皆さん見たことがあるのではないでしょうか。沙耶です。

科学的なお話で済ますなら、あの現象は夕焼けの原理と全く同じものです。
つまり、月が地平近くにあるために光が走る距離が延び、それによって散乱しやすい青方向の短波長は大気通過中に散乱してしまい、赤い光だけがとどくから、です。

んなこと誰でも知ってるよ、って?
ですよね。そうですよ。
ま、古来よりそういった赤い月は凶事の触れとして恐れられてきたわけですが。

夏も近いしオカルトを少々。


だからって赤い月の話をすると思ったら大間違いです。うっかりそう思っちゃった人は沙耶を信用し過ぎなので反省しといてください。

辻、の話でもしましょうか。


夕闇の溶け合う黄昏時。誰そ彼?と問いかけたと言われる黎明と幽玄の彷徨う四つ辻。
空はまだ夜に溶け込むには明るく、薄明かりの空には早出した月が白く薄く光る、そんな時間。

その日、部活で遅くなった帰り路、信号で止まった四つ辻。
横断歩道の向こうでは、同様に足止めを食らった人影が一つ。
こりゃまた、よろしくない場所だなぁ。

彼はそんな風に思ったそうです。
古来、四つ辻はいろいろなモノの行きかう場。誰そ彼に四つ辻を行きかうモノ、なんてのは昔から相場が決まっているのです。

薄暗がりの中、押し寄せる宵闇は向かい合い、これからすれ違うであろう人影を一層あいまいにします。
残念ながら、その場に自分と、向かいあう人影の他は、人影もなし、車も通らず。

信号が黄色、赤と変わり、向かいの信号が青に変わる。
彼はゆっくりと歩を進めると、向かいの人影も歩を進める。

おぼろげな輪郭が、一歩ごとに少しずつ鮮明になって、あと数歩ですれ違うだろうか。
道路の中ほど近くに差し掛かった瞬間。
彼は、小さく息を呑み、歩みを止めてしまいました。

何せ、前から来ていたのは自分そのものだったのですから。
服装、背格好、持ち物、どれをとっても今の自分の姿見、まるで鏡の中の自分を見たかのよう。
表情は見て取れませんが、おぼろげとは言え自分の顔を見間違えようもありません。
鏡に映る自分そのまま、だったそうです。

向かい来る人影は歩みを止めることは無く、すうっと自分の横をすり抜けるようにすれ違います。
彼は、ぞわっと背中に吹きだす汗を感じながら、大慌てで小走りにその辻を抜けると、転がるようにして家に帰ったと聞いています。

ドッペルゲンガーに会うと死ぬ、なんて言いますが、彼は今も元気に生きています。
ただ、時折鏡が怖い、なんて言いますけどね。


四つ辻は昔から往来の多い場所ほど特に何が往来しているかわからないとさえ言われ、鬼が棲むとも言われます。
彼があったのも鬼であったのかも知れません。

意外でしょうが、鬼はこと山奥の怪異ではなく、里の怪なのです。
彼らはその住処をことさらに里から離れることはありません。

里を離れる怪異は、もっと人の形を残さない異形となります。
人の形に近い怪異であればこそ、里に近いところに現れます。


四つ辻を通る際はお気をつけください。そこにおいてあるものを安易に拾うことのないように。
そこにあるものは、時として鬼の取り分としてあるものであることがあります。
鬼が人寄せのために置くものであることもあります。

そんなものを持ち変えれば、家に怪異を招いたことにほかなりません。
たとえそれが、拾ってくださいと書かれた箱に入った子猫としても。

また、四つ辻を抜ける際に出会う怪異については、決して声を出さず、振り返らないように。
薄闇の誰そ彼は、怪異の輪郭を薄くしますが、同時にあなたもまた怪異から守られています。

音は、あなたの存在をそれに知らせるトリガーとなり、振り返ることは、彼らにあなたが彼らを認知していることを知らせます。

節分とは、そういった招き入れてしまった怪異を追いだす行事でもあるのです。


あ、ぼくは拾ってくださいって書いてある撫子さんか奏さんが箱に入ってたらそこが山奥の人も来ない底なし沼のど真ん中だろうが拾って帰りますけど何か。
お化け? 知るかボケwwwww

見えないモノにビビって見えてるエロを逃すほど脳味噌腐ってネェよ!!!!


そうそう、言い忘れてました。

上の話、おかしいことに気づいていますか?
彼は本当に、”彼自身”に出会ってしまっていたのでしょうか?

自分が知る自分の姿は、鏡の中の姿です。
それは、左右が逆になった自分でしかないのです。

彼は、誰に会ったのでしょうね?

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