形じゃない。
ぼくはタマ
最初の時点でオチはみえてるんだから、ありきたりだのなんだのってコメントはそれこそありきたりだろう。
これを途中でホラーにしたりミステリにしたりする手法もありだとは思うけど、実直に最後まで期待通りのストーリーテリングするのも決して悪い話ではない。
書いた人が伝えたかったのは、お涙ちょうだいでもないし、そういうことじゃない。
この話から何をくみ取るかは人それぞれだとは思うけどね。
ヒトはいつか死ぬし、猫もいつかは死ぬ。どっちが早いか遅いかってだけだけれど、その時、残される側が心の中に思い出を残されて、それを思うのは人にだけ許された特権じゃない。
実家で犬を飼っていた。過ごした時間なんて、ほんのわずかで。
小学生の6年くらいから、高校卒業までのたった7年間。大学に行ってからはほとんど実家には帰らなかったし。
両親の転勤が決まると、犬は地元のばーちゃんちに預けられた。
眼も見えなくなって、耳も聞こえなくなって。
それでも、彼女の最期の年の春に、彼女に逢いに行けたことは、とても大事な思い出。
眼も見えなくて、耳も聞こえない癖に。
ふんふん匂いだけを頼りに、必死で足元までやってきて、昔いつもやってたみたいにひざの上に乗りたがって。
ロクに走れもしなくなって、歩くのだってチンタラしてるのに散歩に連れてけってねだって。
俺は、お前を少しでも幸せにしてやれたのかなぁ。
いまの猫たちだって、きっといつか、たいていの場合、おれより先に逝くんだろう。
春先のゴミ箱で、秋口の軒下で。放っておいたら死ぬと思って、思わず連れて帰ってしまったけれど。
オマイラのおかげで家まで買っちまったけれど。
いま、幸せですか?
どうして今日がヤバイ日だとわかったの・・・!!
くりっくしないもん。・・・しない・・・・・ぜったい・・・・・・。
ぽち。
黙れ、毎日がデッドライン。