お稲荷様

まあ、問題自体は公安や本庁も動いてますし、ほどなく収束するとは思います。沙耶です。

そこで、ここは一つ元オカ板住人として話を無理やりオカルトな方向に捻じ曲げるのが沙耶の役目であろうかと。


お稲荷様。古来より日本でも古くから信じられている狐の神様は、日本古来の神とは言い切れません。
古く、インドにその起点を持つものと思われる節もあるのです。

茶枳尼天。だきにてん、と読みます。リヴ・ヴェーダなどではダーキニー。本来は豊穣の女神。豊穣が性愛をイメージさせるには十分だと思いますが、後に性愛の神へと変遷、愛憎劇からの変遷でしょうが、ソコから人の心臓を喰らう悪鬼羅刹へと変化します。
日本の稲荷の祭神も宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)という豊穣の神さまです。
ダーキニーは後に夜叉神(インドではヤークシャ)と同一視され、悪神として考えられていきます。この茶枳尼天は人間の心臓を喰らう悪鬼として描かれています。

これを大日如来の化身である大黒天が調伏し、帰依させます。なぜここに大日如来が出てくるのかというと、今度はインド神話はさらにその源であるゾロアスター教まで遡ることになるのです。
こうしてみると、世界の宗教っていろんな形で繋がってるんですよ。

ちょっとここの話をしておきましょう。
アーリア人の神話では善の勢力であるアフラ・マズダ率いる軍勢と悪の軍勢であるアンリ・マユ率いるダエーワという悪神との戦いの歴史です。しかし、この神話、インド人に取ってみれば他民族の神話ですからこの善悪の存在が逆転するのです。
つまり、インド神話においては神性を持つのはディーヴァ(ダエーワの音変化)、そして悪性を持つのはアスラ(アフラ、が変化)。アスラってのはご存知の通り阿修羅に音を当てられる悪鬼です。このアスラの王がヴィローチャナと呼ばれる存在でした。

が、インド神話ってのは割りとなんでもかんでも調伏しさえすれば神に取り込まれていくため、アスラもやはり神として取り込まれていきます。

この過程において、本来の太陽の神としての特性をヴィローチャナが取り戻します。アスラ王、という側面と同時に、ヴィローチャナとしての神性を取り戻していきます。
やがてこれは仏教の誕生とともに華厳経の毘盧遮那仏(ヴァイローチャナ)へと変わり、これがさらに密教への変化過程において大日如来、サンスクリット語でのマハー・ヴァイローチャナへと変わっていくわけですね。マハー・ヴァイローチャナを日本に輸入した名前が大日如来、ってわけです。

さて、そうして調伏されたダーキニーは”生者の心臓を食うことは許さぬが、死者の心臓を喰らうことは許そう”というなんともおぞましい許諾を得た神として君臨します。
さて、こんなダーキニーですが、日本に輸入される際に豊穣の女神の特性つながりからか、日本にもともとあった霊狐信仰とかかわりを深くしていきます。
これを完全に同一視したのが真言宗による茶枳尼天と霊狐信仰の習合でした。いわゆる神仏習合ですね。真言宗とともにこのお稲荷さんは広まっていきます。

こうして生まれたのが、お稲荷様、です。ちなみにインドではダーキニーと狐のつながりはありません。
明治の神仏分離でこの茶枳尼天と狐信仰は切り離され、お稲荷様の多くは宇迦之御魂神などを祭神とする神社になりました。ただし、一部では茶枳尼天をそのまま本尊とし、神社ではなくお寺になったところもあります。
前者のお稲荷様が伏見稲荷などをはじめとする神社系稲荷に。もう一方は豊川稲荷を代表とする仏閣系稲荷として展開します。

おもしろいでしょ、同じお稲荷様なのに違うんです。一般にお稲荷さんといえば神社系を指しますが、いなり寿司は豊川稲荷の前で作られたのが発祥です。

さて、コレとは別に管狐という民間伝承が東北を中心に存在しますが、こちらは同じキツネですが稲荷とはまた関係がありません。オカルトとしてはこちらのほうがよほど強力なオカルトなのですが、下手に触ると祟りがあるのでこちらにはあまり触れたくはありません。
軽く言うと、管狐はいわゆる”狐憑き”を生業とする”家系”のことを指します。これは、東北以外での犬神に通じており、どちらも動物の”呪い”を利用した”呪い屋”という生業に他なりません。

これ以上はパス。細かくやるには準備してなさ杉wwwwwwwwwww

と、いうわけでお稲荷さん。広く地域に広まりましたが、実は”ご利益といえるご利益は、ほとんどありません”。
特に、ダーキニーと習合し、明治の分離で明確に分離されていない、街中の小さな小さな稲荷大明神とかは、ご利益はそもそもありません。

なんで祀ってるかというと、”祀っておかないと祟られるから”です。
さあ、だんだんオカルティックにwwwwwwww

古代信仰を色濃く残している日本の神道はわりとそういった面が強く残っています。
祀っておかないと祟られるから祀る。土地神さまに具申しておかないと祟られるから土地神を鎮める。
山神さまが怒るから~~の時期は女は山に入ってはいけない。

ほ~ら、みなさんもおばあちゃんとかからきいたことあるような話でしょ?
基本的に願い事をかなえてくれるんじゃなくて、祟るんです、日本の神は。んで、状況を悪化させます。
そうされたくないから、祀る、わけです。

バチがあたる、とかいう考えも、このへんがベースとなります。神様に失礼だからバチが当たるよ!とは言いますけど、神様に失礼なことすると願い事かなえてくれないよ!とは言いませんよね。
もちろん、願い事を聞く神さまもいます。が、基本的に日本の信仰はそこに”畏れ”と”祟り”、”穢れ”と”祓い”の文化です。

鳥居を破壊する。社務所を破壊する。

記憶に新しいですよね、羽田空港。覚えてる方も、いらっしゃるんじゃありませんか?
あの鳥居、壊すことが出来ませんでしたよね。

神様に”お願い”して、すこーし動いていただきました。御神木を切ろうとして酷い目にあった昔話なんて、それこそ掃いて捨てるほど私たちは知っているはずです。

あの、鳥居の神様も、お稲荷様、でしたよ。
さあ、どんなバチが待ってるンでしょう。非科学的?そうですか?世の中、分かってることのほうが、少ないんですよ…?

0 thoughts on “お稲荷様

  1. 前に日立だか東芝だか忘れたけど、乱数発生ジェネレーターを作って売値が100万以上してたと思った…
    ただ乱数発生させるだけのユニットでね。
    パチンコとかスロットなんて本当はそれぐらいの乱数発生ユニット積んでないといけないのに積んでません、ということであの手が如何に詐欺か判るよな。
    (下痢でダウンで暇人だからこんな時間に書き込んでる事にツッコミ禁止)

  2. C言語による最新アルゴリズム事典 著:奥村晴彦
    は、初版がたぶん15年くらい前なので、改訂新版が出てない限りメルセンヌ・ツイスタなんて載ってないかと。
     
    プログラミング言語C ANSI規格準拠 著:カーニハン&リッチー
    は、今からCに取り組むって人には、あまりお勧めできないかな。ANSI Cの言語規格を調べるにも、入門書としても、ちょっと中途半端な感じがします。ANSI規格準拠になる前の白本は良かったんだけど。つーか、白本が実質Cの規格書だったもんね。ANSI Cに関しては、もっと良いバイブルが出てるんじゃないんだろうか。今更不要なので、私は探して無いけど。
     
    オライリーは、良書が揃ってますね。たまに買うほどのものでもないのが入ってますが。
     
    まあそれはともかく、普段の仕事で乱数を使うことは滅多に無いなぁ。使うことがあっても、rand()で十分。逆に本当に仕事として乱数が必要なのであれば、目的とか工数とか予算とか考えて、rand()使うなりなんなりすればいいかな、と。
    プログラマ(だけに限らず、理系を自称する人)に必要なのは、本を揃えることじゃなくて、見極める目と知識を手に入れる能力を持つことだと思うのであった。

  3. 奥村たんのは基本的に改訂されまくってますよ。
    カーニハンリッチーはそれで勉強しろという意味合いではなく、聖書という立ち位置だな。勉強するだけの教科書ならいくらでもいい本はあるべさ。
    個人的に教科書買うなら辞書かってあとは自分で試行錯誤で叩くのが技術者ってもんじゃないかな。教科書通りにしか書けないヤツなんかいらへんし。探究心のないやつなんかもっといらん。
    rand()もつかうなって話じゃなくて、それがどういうモノなのか分かってなきゃ下位ビットの切捨てだって考え付きもしないでしょう。
    なんでもかんでも乱数だからメルセンヌツイスタ使えって話なんかしてるつもりもないしね。乱数が必要な仕事の人もいるし、そうじゃない人もいるしね。どの分野の仕事に付くかもわからん学生にこんな基本アルゴリズムも教えてないってのはどうなんだっておもわんでもないさ。
    cryptやhashのあたりになってくると暗号数学もきちんと理解してアルゴリズムを把握してるのか? ってのは大事大事。
    RSA鍵なんてきちんと把握してるケースの方が珍しい。暗号理論を覚えろとは思わないが、それぞれの暗号の特性と弱点ぐらい知っとけと。
    適切なとこで適切な技術を適正な工数で適用できるかどうかってのは”そもそもベースとなる知識”がなきゃできないことだと思うねぇ。

  4. >教科書買うなら辞書かってあとは自分で試行錯誤で叩くのが
    まさにここだと思うんだよねぇ。白本がバイブルと言われた所以は、教科書であり同時に辞書であって、さらに参考書というか試行錯誤への導入をも与えてくれてたからだと思うのね。
    そういう点、緑本はバイブルと呼ぶには力不足な気がしてた。改訂されて良くなってるのかもしれないけど。
     
    最近ね、思うのは、教科書通りにしか書けない以前に、教科書に載ってそうなことすら書けないのがいること。データ構造だのアルゴリズムだのってことも良くわかってないのが、プログラマと称してうろうろしてる。それとも、教科書にはアルゴリズムとかデータ構造なんてのは載ってないのか?
    まあ、そんなんだから、計算量のオーダーという基本すらもわかってなくて、無茶なことをやったりする。そんなコードに手を入れてると、正直、ここは学校か、と思うこともしばしば。
     
    cryptやhashに限らず、アルゴリズムには弱点がつきもの。バックボーンとなってる数学的理論や理屈まで覚える必要もないし、常に各分野に渡って最新のアルゴリズムを追いかける必要も無いけど、今、自分が取り組んでいる問題に対処する武器として、データ構造だのアルゴリズムだのといったものを調べ、適切に選べる能力は身に付けて欲しいぞ。実際のところ、暗号化にしろ圧縮にしろ、最近のアルゴリズムはかなり高度な数学的理論が元になってることが多くて、それをきちんと理解するには、それなりの素養と時間が無いと大変だと思うし。
     
    それと、メルセンヌ・ツイスタは、まだ新しい手法という点で、基本というほどではないんじゃないだろうか。そっちを専門にやってれば、基本的知識だろうが。たぶん、それを載せてる教科書はまだ少ないと思う。いや、でも、そろそろ基本と言っても良いのかな。
    まあ、でも、いざ実際に乱数を使いたい、という時に、rand()で十分かどうかの検討や検証もせず、さらに不十分と判断した時に、メルセンヌ・ツイスタや他の手法を候補にもってくることもしないのであれば、それはあかんやろう、って思うんだ。うちとしては、学生のうちに、そういう能力を身に付けておいて欲しい。
    しかしまあ、信の乱数もなんとかならんもんかねぇ。
    そういや、アルゴリズム事典も補記・加筆して、改訂して欲しいかな。もう、最新ではないしね。私は、欲しいアルゴリズムが載ってなかったので、結局買ってませんし。。。

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