ぷろろーぐ

何時からだろうか。自分が、他の人とは違うと感じ始めたのは。

何時からだっただろうか。
もう思い出せないほど昔から、という気がする。
それはまるで、自分の遺伝子の中に組み込まれているかと思わせるほどに。


「アフリカ? クロマニヨン人?」
父は、私の歴史の教科書を一瞥すると、はっ、と軽く笑った。

「いいか、教科書に書いてあることがすべてとは限らん。覚えておけ、俺たちはこいつらと戦った”もう一つの人類”だ。」
父の目は冗談を言っている色ではなかった。それどころか、その力強い言葉の一つ一つが、まるで見てきたかのように自信と誇りに満ち溢れていた。
「お前は俺の子だ。だから、お前も始祖に連なる偉大な血脈を引き継いでいるのだ」

始祖—?

私はいぶかしげに父に問い直したことを覚えている。

始祖。父が語ったそれは、荒唐無稽ともいえる御伽噺なのかもしれなかった。だが、父の言葉は、父の目は、決して笑うことなく、その真摯な姿は父の言葉が真実であると私に確信させるに十分だった。

始祖。太古、アフリカを祖とする人類の祖先とは別に生まれたもうひとつの血脈。人類の祖はその類まれなる繁殖力で瞬く間に大陸全土に広がった。
一方、始祖を祖とする命脈は、ヒトの祖と比べずっと長命であり、繁殖力に劣った。しかし、ヒトと異なり、彼らはすでに現代人にも匹敵する知性を兼ね備えていた。
原初武器ともいえる石器などを用いたヒトの祖は始祖の住む地域をも支配すべく勢力を広げようとしたが、始祖に連なる一団はこれを見事撃退。
ヒトの祖を服従させると、彼らはその知性をもってヒトを統べ、正しい方向に導くために、ヒトの上に立つものとして、世界各地へと散った。

後に、神と呼ばれる人々である。

やがて、ヒトは次第に知性を高め、神もまたヒトと交わりヒトの中に溶け込んでいくことにより、その姿は歴史の表舞台より消える。

「この地域はな、最初に始祖が生まれたんだ。」

父はそう言って締めくくる。

「俺たちは、始祖の純血の血脈。それゆえに、真実を知り、全てを知るものだ。」

それほどの一族がなぜ、このような辺境に追いやられているのか、と私は問うた。父の答えは簡単ではあったものの、納得のいくものではなかった。

「誰も、信じないからさ」

そして、漁に出かけたまま、父は帰らぬ人となった。空の棺で葬儀を済ませ、私は決心した。
父の言った、その真実を確かめようと。この世界が信じぬならば、それはこの世界が虚実に彩られた世界ということだ。
ならば。それは。

正さなきゃいけない。

私は、一人つぶやいた。父の知る、本当の世界を。真実を。それを、この手に取り戻すために。

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