格差、とは何か

こんなこともわからないのがこんなにいっぱいいるなんて思わなかったんだ

あまつさえ、出自や生まれを理由に社会格差があるから是正しろとか言い出すとは思わなかった。


出自を言うなら日本に生まれ出でた時点で相当な勝ち組であることを自覚しろ。
お前はソマリアに産み落とされたっておかしくない”存在”であったはずなのだから。

さて。輪廻転生、魂の巡回、業の連鎖など持ち出すまでもなく。

”カネ持ちの家に生まれるか”
”貧乏な家に生まれるか”

これは格差とは言いません。あたりまえの話すぎて説明もばかばかしいんだが、格差社会の話の中でなんで出自だの家だのって話になっているのかが分からない。

もっと簡単に言いましょうか。

あなたはポーカーゲームをしています。
最初にカードが五枚配られます。

あなたの相手とあなたの手札は当然ですが違います。


ポーカーに負けたのはこの手札が平等ではなかったからだ、という負けたときの言い訳は成立するでしょうか。
平等ではないから”勝ちにいく”行為を放棄しても負けたときに賭け金を払う必要はない、といえるでしょうか。


あなたは麻雀をしています。配牌は当然他の三人とは異なります。
配牌が悪いから、平等ではないから、勝つための努力をせずに負けたときに、負けた点棒を払わないでもよいでしょうか。


あなたはすごろくをしています。
さいころを振りますが、さいころの目は一定ではありません。

他のプレイヤーとのサイコロの目が異なっていたことを理由に、敗北を拒否できるでしょうか。


あなたは(以下略


すべて同じことです。平等である、ということはスタートラインが同じである、という意味ではありません。
同じ能力の保有者に対して、勝利の機会が均等に与えられる、ということが平等である、という意味でしかありません。

与えられるカードは人それぞれで異なっているのが当たり前なのです。
だってそれこそが君たちのいう”個性”だのではないですか。

あなたに与えられている平等の機会、というのは、
”どのカードを捨て、どんなカードを引くか”
という選択の機会と偶然、
”毎回必ず回ってくる自分の番”
というチャンスの二つが、等しく与えられていますよ、という話。

勝ちにいくチャンスが一切ない、あるいはほとんどまったく可能性がないといった状況が“格差社会”です。

言い換えれば、出自をもって格差を言うのであれば、インドのカースト制などがそれに当たります。
王族に生まれた、貴族に生まれたならば生まれながらにして勝利が約束され、敗北は”ありえません”。
逆に奴隷に生まれれば、”勝利があり得ません”。

これが最も典型的な格差社会。白人至上主義の人種差別などもこれに類します。

で、と。

この国でいったい誰がそんなことを言っていますか。

これとかほんとバカの言い分でしかない

58 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/20(水) 15:56:46.59 ID:A4lpT0Mw0

2世3世議員とゼロから議員になろうとするやつじゃ全然違うだろ
埋まらない差が有ることを知れ


71 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/20(水) 16:01:37.14 ID:tTnJuboq0

生まれつきの条件で大きなハンデがかかる以上、平等などとはほど遠い
努力というのは、対等の条件で競った者が誇るもんだ
虫唾が走るわ



虫酸が走るのはこっちのセリフだ。

阿呆。それはただ配られたカードが異なるだけだ。ゼロからなれないというならともかく、なれるんだろう? それは認めちゃってるわけじゃないか。

どんだけ貧乏な家に生まれようが、旧帝大やMARCHなんてはいれるんだよ。

そこに至るまでに必要な”努力の量”は異なるかもしれないが、それはあくまで手配のカードの差とお前さんのオツムと向上心だのといった心持ちの問題。

要求される努力の量があまりにも大きすぎて、与えられた機会、すなわち人間に与えられている1日24時間という平等な機会をすべてつぎ込んでもその努力の量を満たすのに足らない、というならわからんでもないがね。
愚かしいにもほどがあるってもんだ。

お前がそうやってあきらめて努力を放棄したことで、お前の子、孫、そしてひ孫にお前同様ダメなカードを配るディーラーになり下がっていることが理解できてない。
格差とは個体そのもの単体で考えていい問題じゃない。

お前が努力したらした分だけ、次のカードはちょっとだけよくなるんだよ。
その次のカードはもちっとよくなるかもしれん。

出自を理由にする、というのは”それが絶対に発生しない”状況をいう。

そんなに努力しようが奴隷の5世代あとの子が王になることはない。奴隷の子は奴隷でありその子もまた奴隷。

少なくともこの国にはそれはない。カードは配られるし、どれを捨てるか、何を拾うかは選べるんだ。

敗北の理由にカードの良し悪しを言うってのは、最低のゴミクズのやることだ。
親のしてきたこと、親が貴様にしてくれたこと、そしてこの国で産み落とされたこと、そのすべてを否定しているようなもんだ。

平等がいいならそのまま単身アフリカにでもいってこい。

等しく、平等に死が降り注いでくれるわ。

努力を放棄する理由に親を使うんじゃない、そういう人間としての最低限の礼節と常識すら持ち合わせていないから負け組になってると気付け底辺。

そんなに平等が好きなら好きでかまわんさ。
平等に勝ち組になって平等に負け組になるシステムでも作ったらどうだ。

毎年毎年、くじででも勝ち組を決めればいい。

そして同時に毎年毎年くじで交通事故で死ぬ人間、自殺する人間、通り魔に殺される人間、レイプされる人間、罪を犯してブチ込まれる人間、死の病に侵される人間とかも決めればいい。
平等に勝つなら不幸も平等に配られなければならん。

努力も何もかも一切の関係なく、運が悪ければ死ぬ、運が良ければその年だけ勝つ。
格差なんて全くない。幸せなユートピア。よかったな。

ユートピア論なんて何世紀も前に論破され終わったくだらないものにいつまでしがみついてるんだ。

0 thoughts on “格差、とは何か

  1. 軍人が思想を有すること自体はそもそも問題ではないし、シビリアンコントロールの範疇でもない。
    http://blog.livedoor.jp/mamenogu/archives/565905.html
    ということが全く理解できていない政党が存在することが真に恐ろしい。
    政治理念に共感しない人間はどれほど優秀であろうと指揮権を持てる位置に立てないとすれば、これほど愚かしい軍隊は類例を見ない。
    10の提言はどれもいいよね。俺も読んだけど、左翼に読ませるにはもったいない文章。

  2. 今回のこの論文の一番の論点は、空幕長個人による政治的思想の表現かどうかって点だと思うんだけど、個人的には歴史認識の範疇だと思うんだけどな。
    つまりシロじゃないかと。
    侵略戦争とか細かい認識に違和感はあるけれど、言いたい事は伝わってくる。
    ちなみに10の提言って、どっちかって言うと航空自衛隊っていうより、組織って言い換えても違和感がないくらい一般論で話が出来ていると思う。
    このさい政治家とかマスメディアをまともにする10の提言でも書いてくれないものかしらw

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