ちょっと聞いてみたいこと

入国者の指紋採取制度が開始されました。

初日で5人。十分すぎる成果だったのではないでしょうか。

韓国人の30人ってのはやっぱどこまで薬品で消せば通れるのかのテストだろうね。

さて。そんな中、ちょっと気になったので聞いてみたいことがある。


たとえばこんな記事

あるいは

こういう意見

そして、スレ内の119みたいに

119 :名無しさん@八周年[]:2007/11/21(水) 08:51:41 ID:lq45CSLE0

なんか、「成果」をみせて世論を誘導しようって魂胆がミエミエなんだが・・・

問題は、ブラックリストの掲載の有無に限らず無期限に情報が保存され、
その利用に法律の網がかかってないことだ。
こうした問題を放置すると、他の国でも報復的に同じことをやる可能性がある。

米国の911から始まったわけだが、「そもそも」を考えれば、
米国の傲慢な中東政策に大問題があるのだ。
米英は、戦時下の国だ。日本はそうではない。
米国にへつらい、尻馬に乗ると、望まない「戦時下の国」になってしまう。
そのとき、政権が共和党にあれば多少話の余地はあるだろうが、
米民主党政権だとどうしようもなくなる。

自民党の米国にへつらう政策は、もう「おしまい」にしていただかなくてはならないのだ。



なぜか、彼らは著しく管理社会を否定する。管理されることを恐れ、それがひいては人権の侵害にあたると考えている。
ここのロジックが、正直に言ってしまえば理解できないんだ。
確かに、旧来よりディストピアをテーマとした小説は事欠かない。だが、ディストピアの根幹にあるのは極端な”全体主義”がまず根底に必要になる。これは、ディストピアのもともとであるユートピアにおいても同様でもあるんだ。これらは、いずれも極端な管理社会を実現している。

つまり、彼らはこれを否定するということは全体主義を推し進める左派ですらないということになる。
なぜなら、ユートピアってのは本来最も理想的な全体主義国家を描いたものであり、社会主義の最後に目指すべき理想郷として描かれたものだからだ。
間違ってもユートピアってのは自由主義国家の目指す先にはない。

なぜ反対するのだろう? 管理社会は、彼らが望むべきもっとも最後の姿であるにも関わらず。

さて、全体主義というのはいわゆる社会主義の理想形でもあるのだけど、実はこれは人権とは並立しない。
全体主義を押し通すには人権は著しく制限されなければならない。
それゆえにこの国における人権左翼はロジックとして破綻している。人権を抑圧せずに成し遂げる全体主義はそのいずれかが破綻する。

人権を守ろうとすれば、目指すべき全体主義が。
全体主義を押し通せば人権が。
それぞれ、侵害されていく。このバランス取りは恐ろしく困難で、自由を認めなければ人はモチベーションを維持しない。だが、自由を認めれば全体主義が崩れていく。政体の維持のためには、自由は最小限度まで抑え込まなければならない。
これが、社会主義国家における最大のジレンマとなる。マルクスレーニン主義はほかにも生産力が常に一定のペースで上昇し続けることを前提とするなど、歪な部分が多い。
若いうちに一度は左派に呑まれてみるものだと思う。彼らが、どれほどのロジック的な破綻を含んでいるのかがよくわかるからだ。

地球市民。言葉は奇麗だが、これも全体主義の発露でしかない。国家という枠組みでなそうとした全体主義は、国家間の格差と経済構造によって崩れた、と彼らは見る。
そのため、対外交易を有しない地球全体を単一と見る構造であればロジック破綻が起こらない、そう考えたが故の言葉だ。
だが、その場合においても全体主義の人権のバランス争い自体は起きてしまう。
そして、対外交易によって崩壊したというのであれば、対外となる交易対象がひとつでも生じたなら、この枠組みもまた崩壊することを約束された制度と言わざるを得ない。

さてさて、なんで彼らは管理社会に反対するのだろう?
国家という枠組みが管理社会を実現することは無意味だから、ということだろうか。で、あれば中国やロシアや北朝鮮に政体の解体を呼びかけるべきなのだが、それはしない。
つまり、彼らの目指す先は全体主義ではない、ということになる。

もうこうなってくると全く分からない。右翼が国粋主義を訴え、リベラルは人権を訴え、左派は労働者保護の全体主義を訴えているのに、実は全体主義は目指してません。ということになる。えーっと、じゃあ何を目指しているんだろうって聞くと地球市民です。

それは全体主義じゃないか。

もう全く何がしたいのかがわからなくなる。そこで、反対の自由主義に目を向けてみると、少し見えてくる。

結論からいっちゃえば、彼らが目指しているのは、やっぱり全体主義なんだと思う。
彼らの主張として表れてくるのが、法整備によって法社会になることを管理社会、とよんでいる。
つまり、ルールを定め、ルールによって律することを要求され、ルールによって相互の利益調停を行うこと、それは確かに全体主義的ではない。むしろ個人主義に立脚した立法国家の行く先となる。
ルールは定めた。それを”守るか守らないか”という自由を与えよう、というわけだ。
だがこれは管理社会とは呼ばない。訴訟王国になるかもしれんが、これは管理社会じゃない。

彼らがユートピアを読んだことがないのも、マルクスもレーニンも読んだことがないことだけはよくわかったけれども。

さて。以上を踏まえたうえで聞こう。

国家が国民と国内在住者を管理することの、何が悪くて何が間違っているのかと。
誰か、マジで教えてくれ。本気でわからない。

たとえばここに各務沙耶って人間がいる。だが、彼女に戸籍が存在しなければ、つまり誕生の届がなされなければ、彼女は国家における国民としてみなされない。国家は、国民を管理しなきゃいけないんだ。
だから、届け出る。戸籍を得る。

だが、じゃあ今そこにいる女性が各務沙耶である、と認証するのはどうする?

戸籍には各務沙耶の居住地や本籍や住所があるが、いま、そこにいる各務沙耶がその戸籍の主であることをどう証明するんだ?

従来、それは写真と質問で成立させていた。つまり、各務沙耶についての戸籍記録上のパーソナルデータを投げかけ、それに正しく答えられるかどうか。
また、連鎖認証の手法も取り入れられている。つまり、印鑑だ。戸籍登録時に印鑑証明を有したすでに認証済みの戸籍保有者からの認証を得ることで、連鎖的に認証を取る。

だが、この手法には致命的な欠陥がある。

そう、最も最初の、初めて戸籍を作ったときの戸籍内容は誰にも立証されない。認証されない。
つまり、戸籍の生成時までさかのぼれば、あなたがあなたであることを日本は証明できない。もちろん、今さらそれをどうにかできるわけでもないが。

さて。

指紋、虹彩といった生体情報記録は、この戸籍照合における本人認証においての印鑑や写真以上の何の意味があるのかを問いたいんだ。印鑑や写真以上に、はるかに確度の高い、偽造困難な情報としての生体認証情報にすぎない。

たとえば各務沙耶という名前と紐ついた指紋情報が生まれたときに登録を義務付けられ、登録しなければならないとして、何の問題があるのかを教えてほしい。
そしてたとえばそれが情報として流出したとする。何の実害が生じるのかを明示してくれ。

法整備が不足している、というのはそれによって何が起きるか、を明確に提示してもらわなければそれを防ぐための手法の検討に入れないと知れ。
そして、他の法律によって律せられている行為を例示するのは無意味だ。なぜなら、それはすでに他の法律によって律せられている行為だからだ。
つまり、合法的にどうやって各務沙耶という名前と指紋データだけで本人の生体をなしにどうやって各務沙耶に損害を与えうるのかを明示してほしい。

正直、めんどくさい以上の理由が思いつかない。そしてそれを持って人権侵害だの管理社会だのそのデータが流出するだの(これは本論と全く関係のない話だ。流出したなら流出させたやつが悪いって話になるだけで、それをもって法整備がなってないというのはおかしな話だ。情報流出を禁じる法整備はあるのだから)と、なんとも意味不明だ。
一生懸命いろいろ考えたんだけど、正直思いつかない。
虹彩や指紋は非常に確度の高い本人認証の照合データであって、データ側だけでこれをどうにかすることは非常に困難なんだ。
それこそ、印鑑や筆跡の偽造に比べればその難度の高さは異常に高い。

逆に、外国人だけじゃなくて国民全員、そして居住者全員に義務付けてもらいたいと思うくらいにね。
少なくとも犯罪抑止を考えるなら、最も効果の高い手法でもあるはず。
彼らは、何を恐れているのかを明確にしてほしい。私の名前紐ついている指紋や虹彩データがあなたの手元にあるとして、何ができる?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です